伊藤『確率論』定理2.6の証明
最終更新:2021/10/31
伊藤『確率論』定理2.6の証明を詳細に追ってみる.
非専門家が書いています. 十分に批判的に読んで頂くようお願いいたします. 間違い・疑問点などあれば, ぜひコンタクトフォームへ連絡いただけると幸いです.
定義
強同型
$(\Omega_1, P_1)$, $(\Omega_2, P_2)$ を確率空間とする. このとき, 全単射 $f:\Omega_1 \longrightarrow \Omega_2$ が
をみたすとき, $f$ を$(\Omega_1, P_1)$ から $(\Omega_2, P_2)$ への強同型写像という. また, $(\Omega_1, P_1)$, $(\Omega_2, P_2)$ は強同型といい, $(\Omega_1, P_1) \approx (\Omega_2, P_2)$ と記す. 写像を明示するときは, $(\Omega_1, P_1) \approx (\Omega_2, P_2) \; (f)$ などと記す. なお, 強同型は同値関係である.
制限
確率空間 $(\Omega, P)$ の $P$ 測度 $1$ の部分集合 $\Omega^{\prime}$ をとり, $P$ の $\Omega^{\prime}$ への制限 $P' = P|_{\Omega'}$を以下で定義する.
同型
$(\Omega_i, P_i)$, $(i = 1, 2)$ の $P_i$ 測度 $1$ の部分集合 $\Omega_i^{\prime}$ が存在して, $(\Omega_1, P_1)$ の $\Omega_1^{\prime}$ への制限と, $(\Omega_2, P_2)$ の $\Omega_2^{\prime}$ への制限とが強同型であるとき, $(\Omega_1, P_1)$ と $(\Omega_2, P_2)$ とは同型であるといい, $(\Omega_1, P_1) \sim (\Omega_2, P_2)$ と記す. なお, 同型は同値関係である.
標準確率測度
$P$ を $\Omega$ 上の完備確率測度とする. $(\Omega, P) \sim (\mathbb{R}, \mu)$ であるとき, $(\Omega, P)$ を 標準確率空間, $P$ を $\Omega$ 上の 標準確率測度という. なお, $\mu$ は $\mathbb{R}$ 上の正則確率測度である.
像測度
$S$, $T$ を一般の集合とし, $P$ を $S$ 上の完備確率測度, $f:S \longrightarrow T$ を任意の写像とする. このとき, $T$ 上に集合函数 $Q$ を以下のように定義する.
このとき, $Q$ は $T$ 上の確率測度となり, $P$ の $f$ による像測度 $Pf^{-1}$, $fP$ とあらわす.
参考になるかわからないけど, $Q$ は以下の図の関係を満たすように, 集合 $T$ 上に定義されている.
なお, $P$ が完備なら, $Q = Pf^{-1}$ も完備.
証明 ( click )
$Q(N) = 0$, $E \subset N$ で, $E$ は $Q$ 可測でないとする ( つまり, $Q(E) = 0$ が成り立たない ) . すると, $N \subset T$ なので $E \subset T$. よって $\cD(Q)$ の定義より,
しかしこれでは, $f^{-1}(N) \in \cD(P)$, $P(f^{-1}(N)) = 0$ なのに $f^{-1}(E) \subset f^{-1}(N)$ は $P$ 零でないことになり, $P$ の完備性に矛盾する.
$\blacksquare$
補題2.1
Statement
$P$ を完備可分距離空間 $S$ の上の正則確率測度とする. このとき, 任意の $A \in \cD(P)$, $\ve \gt 0$, に対しコンパクト集合 $K \subset A$ をとってきて, $P(A-K) \lt \ve$ とできる. この性質を $K$ 正則 という.
証明
以下の順番で示す.
- $A=S$ のとき, $A$ が $K$ 正則,
- $A$ が一般のBorel集合のとき $A$ が $K$ 正則.
i $A=S$ のとき
$S$ が可分 $\Rightarrow$ $S$ のなかに稠密な可算集合 $\{ a_1, a_2, \ldots \}$ がある.
また, $S$ 上の距離を $\rho$ とする.
今,
とおけば, これは各 $a_n$ を中心とする半径 $1/k$ の閉球 であり, $S$ は稠密なので $1/k$ がどれほど小さくても ( つまりあらゆる $k$ に対して )
となる. よって各々の $k$ に対して十分大きな $N(k)$ がとれて,
とできる. ここで, $2^{-(k+1)}\ve$ はどれだけ小さくてもいいので, この後の便宜上この値を選んでいる.
$B_k$ は閉球の合併なので閉, よって $K = \bigcap_{k=1}^\infty B_k$ も閉. また,
$B_{nk}$ は直径 $2/k$ 以下の閉球ゆえ, $K$ は全有界. しかも, 仮定より $S$ は完備なので, 全有界かつ閉部分集合である $K$ はコンパクト ( cf: コンパクト $\Leftrightarrow$ 完備かつ全有界 ) .
さらに,
ii $A$ が一般のBorel集合のとき
方針としては, まず ${}^\forall \ve \gt 0$ に対して閉集合 $F \subset A$ と開集合 $G \supset A$ とがとれて,
とできることを示す. そのためには, 上の性質をもつ $A$ の全体 $\cB$ が Borel集合族 $\cB(S)$ を含んでいれば十分.
ここで, まず $\cB$ が $S$ の開集合族を含む $\sigma$-加法族であることを使う.
証明 ( click )
$\sigma$-加法族の条件をひとつづつ確認していく. ただ, σ.1と開集合族を含むこととを併せて, σ.1'で示す.
σ.1'
第一に, $\cB$ は全ての開集合を含む.
なぜなら, 距離空間では, 開集合は閉集合の可算和でいくらでも近似できるて, それは即ち\eqref{eq_ro}を成立させることができることを示す.
よって, もちろん $S$ も $\cB$ に含まれる.
σ.2
$\cB$ の定義により, $A \in \cB \Rightarrow {}^\exists F, G,\; G \supset A \supset F$ なので, $A^c$ に対して, $G^c \subset A^c \subset F^c$.
よって, $\cB$ は補演算で閉じている.
σ.3
$A_n \in \cB$, $(n = 1, 2, \ldots)$ のとき, 各$n$ に対して
となる $F_n$, $G_n$がとれて, 当然
である. また,
なので ( $\color{red}{\leq}$ は簡単な集合論の内容なので証明略 ) , $N$ を充分大きく取れば,
$\bigcup_{n=1}^N F_n$ は閉, $\bigcup_{n=1}^\infty G_n$ は開より, $\bigcup_{n=1}^\infty A_n \in \cB$. よって, $\cB$ は, 可算和で閉じている.
$\square$
これが成り立つなら, 当然 $\cB \supset \cB(S)$ である ( $\cB(S)$ は全ての開集合を含む最小の $\sigma$-加法族であった ) . これで, 任意のBorel集合 $A$ が $K$ 正則であることを示す準備ができた.
いま, 任意のBorel集合 $A$, ${}^\forall \ve \gt 0$ に対して, ${}^\exists F \subset A$, $P(A-F) \lt \ve$. $P$ が正則 ( $\cD(P)$ が Borel集合族かつ完備 ) なので, これは任意の $P$ 可測集合に対して成立.
ここで, \eqref{eq_i}で定義したコンパクト集合 $K$ を使うと, $F$ は閉なので $F \cap K$ は $A$ のコンパクト集合で,
$\ve$ は任意なので, $A$ が一般のBorel集合のときは $F \cap K$ というコンパクト集合をとってくることで, $A$ が $K$ 正則であると判る.
$\blacksquare$
補題2.2 ( Lusinの定理 )
Statement
$S$ : 完備可分距離空間,
$P$ : $S$ の上の正則確率測度,
$T$ : 可分距離空間,
$f: S \longrightarrow T$ を$P$ 可測 ( すなわち, 可測 $\cD(P)/\cB(T)$ ) とする.
このとき, 任意の $P$ 可測集合 $A \subset S$, ${}^\forall \ve \gt 0$ に対し, あるコンパクト集合 $K = K(A, \ve) \subset A$ をが存在し,
とできる.
証明
以下の順番で示す.
- $P(A-K) \lt \ve$ なる $K$ の存在,
- $f_K$ の連続性.
i $P(A-K) \lt \ve$ なる $K$ の存在
$T$ 上の距離を $d_T$ とする.
$T$ が可分であることより, 補題2.1 と同様に稠密な可算集合 $\{ b_1, b_2, \dots \} \subset T$ が取れて,
今, $A_{nk} = A \cap f^{-1}(B_{nk})$ とするとこれは $P$ 可測. なぜなら, $B_{nk} \subset T$, $f$ が $\cD(P)/\cB(T)$ であることより, $f^{-1}(B_{nk}) \in \cD(P)$ で, $P$ 可測集合 ( これは $\sigma$-加法族 ) は $\cap$ 演算で閉じているから. さらに, $P$ 可測集合は差, 合併でも閉じているので, $A'_{nk} = A_{nk} \setminus \bigcup_{i \lt n} A_{ik}$ とすることで $P$ 可測かつ互いに素な $A'_{nk}$ が作れる. しかも,
となる.
いま, 補題2.1より, $A'_{nk} \in \cD(P)$ はコンパクト部分集合 $K_{nk} \subset A'_{nk}$ が取れて, $P(A'_{nk} - K_{nk}) \lt 2^{-n-k}$ とできる. したがって,
となる.
$N(k)$ を十分に大きく取り, $K_k = \sum_{n=1}^{N(k)} K_{nk}$ とおくと, $K_K$ はコンパクト集合の有限和ゆえコンパクトで,
さらに, $K = \bigcap_{k=1}^\infty K_k$ とおくとこれもコンパクトで,
なぜなら,
これと, \eqref{eq221}からわかる.
$\square$
ii $f_K$ の連続性
$K \subset K_k$ なので,
なお, 等号 $\color{#cf201f}{=}$ は, $\sum$ が直和であることに注意すると普通の集合演算である. ここで, $K \cap K_{nk}$ の中に $\varnothing$ があれば, 和から外しておく. そして, 各 $K_{nk}$ の中から 一つづつ $a_{nk}$ を任意にとり, これを固定して $g_k : K \longrightarrow T$ を
と定義する. $K_{nk} \subset A'_{nk}$ で $A'_{nk}$ は互いに素であったので, もちろん $K_{nk}$ も互いに素なコンパクト集合である. また, $g_k$ は $K_{nk}$ の上で一定値 $f(a_{nk})$ をとるので $g_k$ は連続. さらに, また, $x \in K \cap K_{nk}$ に対し,
であるから,
なおここで, $2/k$ は閉球 $B_{nk}$ の直径である.
よって, ${}^\forall x \in K$ に対し ( つまり, $f$ を $K$ に制限したとき )
$k$ は任意であったので, 左辺は $x$ に依存せず幾らでも小さくできる. つまり, $\{g_k\} \rightrightarrows f_K$ ( 一様収束 ) . また, $g_k$ は連続なので $f_K$ も連続だとわかる ( 参考:一様収束する函数列の連続性 ) .
$\square$
$\blacksquare$
補題2.3
Statement
$S$ : 完備可分距離空間,
$P$ : $S$ の上の正則確率測度,
$T$ : 可分距離空間,
$f: S \longrightarrow T$ を中への $P$ 可測 ( すなわち, 可測 $\cD(P)/\cB(T)$ ) 写像とする.
このとき, 像測度 $Q = Pf^{-1}$ は, $T$ 上の $K$ 正則確率測度.
証明
像測度の定義で記したように, $P$ は正則, すなわち完備なので $Q = Pf^{-1}$ も完備.
$A \in \cB(T)$ なら, $Pf^{-1}(A) \in \cD(P)$ ( これは可測 $\cD(P)/\cB(T)$ の定義そのもの ) , よって $P(f^{-1}(A)) = Q(A)$ が定義できるので, $A \in \cD(Q)$. すなわち, $\cD(Q) \supset \cB(T)$ ( これは, $K$ 正則であるための必要条件 ) .
これで, あとは「 $B \in \cD(Q)$ と ${}^\forall \ve \gt 0$ に対して, あるコンパクト集合 $K \subset B$ をとって $Q(B-K) \lt \ve$ とできる」ことを示せば証明は終わる.
$B \in \cD(Q)$ とすれば, $A = f^{-1}(B)$ が ( $f$ が $P$ 可測より ) $P$ 可測なので, 補題2.2より, あるコンパクト集合 $H \subset A$ をとってきて,
とできる. コンパクト集合の連続函数による像はコンパクトなので, $K = f_H(H) = f(H)$ はコンパクト. 集合論でよく知られたように, $f^{-1}(K) \supset H$ なので,
$\blacksquare$
定理2.6
完備可分距離空間 $S$ の上の正則確率測度 $P$ は標準.
証明
補題2.1で使った集合 $B_{nk}$, $n, k = 1, 2, \dots$ を活用する. これらを一列に並べて $B_1, B_2, \ldots$ とし, $B_n$ の指示函数を $e_n$ とする. 今, 以下のように $S$ の上の実数函数 $f:S \longrightarrow \mathbb{R}$ を定義する.
すると, $f(S)$ はCantor集合 $\bm{K}$ の部分集合となる. なぜなら,
のとき, $e_n(S)$ が $0$ か $1$ しか取らないことより, $2 e_n(S)$ は $0$ か $2$ しか取らない. 3進表記したときに, $0$ か $2$ しか現れないのが Cantor集合の性質であったので, $p \in \bm{K}$ であるとわかる. よって, $f(S) \subset \bm{K}$. また, これより $f$ は $P$ 可測 ( 可測$\cD(P)/\cB(\mathbb{R})$ ) であるとわかる.
$Q = Pf^{-1}$ とすると, $\mathbb{R}$ は可分距離空間なので, $Q$ は $\mathbb{R}$ 上の正則確率測度 ( 補題2.3 ) . これで, あとは $(S, P) \sim (\mathbb{R}, Q)$ を示せば証明終である.
$x, y \in S$, $x \neq y$ とすると, $n$ をうまく選んで $x \in B_n$, $y \notin B_n$ とできるので $e_n(x) \neq e_n(y)$, 即ち $f(x) \neq f(y)$ とできる. よって, $f$ は単射である. さらに, $f$ の値域を $T = f(S) \subset \mathbb{R}$ と制限することで全単射 $f' : S \longrightarrow T$ が得られる. $f^{-1}(T) = S$ であるから, $Q(T) = Pf^{-1}(T) = 1$. よって, $Q_T := Q|_T : T \longrightarrow \mathbb{R}$ は $T$ 上の確率測度である.
$f(A) = f'(A) \subset T$ なので ( $S \subset A$ なので )
さらに,
よって,
が成立し, $(S, P) \approx (T, Q_T)\;(f')$. よって, $(S, P) \sim (\mathbb{R}, Q)$ がいえた.
$\blacksquare$
感想・参考文献
感想
本記事を書くに当たって特に勉強になったのは「可分」という性質の使い方である. 集合論的な定義は知っていたが, 今ひとつ使いどこがわかっていなかった. 可分集合は, 稠密な可算集合が取れるので, 有限個の閉球でいくらでも精密に集合を近似できるというのは, 便利だなと思う.
定理2.6のステートメント自体は, そうなんだ...って感じやけど ( まだ凄さがわからない ) , その証明には多くの今まで学んできた知識が必要で勉強になった. すでに正則, 標準など多くの性質がでてきているが, 伊藤『確率論』は3章になると分離, 完全などさらなる用語がでてきて頭がちんぷんかんぷんになる. 少なくとも2章ででてくる用語については, 手にとるように分かるようになっていないと3章は太刀打ちできないと思って一連の解説記事を書き始めたが, 一段落した気持ちである.
次 ( セクション2.5 ) からは雰囲気がかわり, 一次元の分布になるとともに, いよいよ正規 ( Gauss ) 分布などがでてくる. さしあたり次の個人的なゴールは, 「中心極限定理」の厳密な証明である.
参考文献
伊藤清 確率論 (岩波基礎数学選書)